■やった。  


先日は無事にウルス・イシンカの両山を落とす事ができた。
次なる高みは、標高5,752mのピスコ。
この山も去年挑戦している。

去年は、ウルス、イシンカの後、ペルーの首都リマに戻り静養して、再度ワラスに戻ってきて、このピスコに挑戦した。
体力も回復していたかに見え、ベース・キャンプを出発して約2時間。
しかし、標高5,000mの氷河の取り付け地点でギブアップ。

まさかと思ったが、身体がついていかない。
腹に力が入らず、泣く泣く撤退。
去年のような事が無い様に、ウルス、イシンカの後も体調管理には、注意を払った。

そして、2005年6月17日、ピスコへの挑戦が始まった。

ワラスを7時半に出発し、一路、ユンガイを目指す。
この街は、1970年にワスカランの雪崩で崩壊した街だ。
今はその面影を微塵も残しておらず、発展している。

9時にユンガイに到着し、今度は標高を上げて、ヤンガヌコ渓谷を目指す。
ここの渓谷には、ラグナ・ヤンガヌコ(ヤンガヌコ湖)があって、観光客には有名な場所だ。
その湖は、ワスカランの氷河の雪解け水から造られていて、ターコイズ・ブルーの輝きを放っていて美しい。

ここの渓谷は、両側から絶壁が迫ってきていて、かなりの迫力だ。
土埃を上げながら、未舗装路を疾走する。
途中ワスカラン国立公園の出入管理事務所があり、入山料20ドルを支払う。

10時15分に、標高3,800mのセボーヤ・パンパと呼ばれる場所に着いた。
ここはピスコ、ワンドイ(標高6,395m)、チャクララフ(標高6,112m)への登山基地となっているため、数張りのテントが見える。
ここで高度順応を行う人が多いが、自分は既にできているので、ここは通過。

10時20分にセボーヤ・パンパを出発。
まずは4,600mのベース・キャンプを目指す。
荷物は、いつもの様にブーロが運んでくれるので、本当に助かる。

標高を徐々に稼いでいく。
右手にはチャクララフが、屏風のように聳えていて、眺めは抜群だ。
チャクララフの南壁は約1,000mの絶壁で、ワラスのガイドでも登っている人は少ないと言う。

更に標高を上げていくと、ピスコの頂上が見えてきた。
去年の事が頭の中をよぎる。
今度こそ・・・と、心の中で言い聞かせる。

約2時間でベース・キャンプに到着。
通常の行程なら、ここでテントを張って、翌日の深夜0時頃にアッタクを開始する。
ここから山頂まで、往復で12時間ぐらい。

しかし、自分はそんなに歩きたくない。
だから、ここのベース・キャンプから更に上の標高4,900mのモレーン・キャンプを目指す。
今のうちに標高を稼いでおけば、後が楽になる。

しばし休憩しながら、周囲を見渡す。
西には4つのピークを持つワンドイが聳えていて、全てのピークが絶壁だ。
ワンドイも技術的に高レベルの部類に入ると言う。

ピスコのモレーン(氷河末端)はでかい。
ベース・キャンプから一度150mぐらい下り、再度、登らなければならない。
これがなかなかしんどい。

この辺りは、人間ぐらいの大きさの岩がゴロゴロしている。
時々、ワンドイからの雪崩の音がこだまする。
やはり、今年は雪が緩いのだろうか。

モレーン・キャンプに到着したが、欧米人がたくさんいて、どうやらテントは張れないようだ。
しょうがなく、モレーン・キャンプより100mほど低い場所でテントを張る事にした。
14時30分に無事に到着。

テントを張ってゆっくりしていると、ガイドとポーターが騒いでいる。
聞いてみると、なんと鍋を忘れてしまったというではないか!!
という事は飯は食べれない・・・・。

また?アレキパでのエル・ミステイ登山の思い出が頭をよぎる。
パンはたくさんあるのでパンを食べるしかない。
まぁ標高が高いと、食欲は少なくなるので大丈夫だけど、まったくもう・・・。

太陽は出ているが、雲が多い。
南にはチョピカルキ(標高6,354m)とワスカラン北峰(標高6,655m)が見える。
その岩壁は雪をも寄せ付けておらず、ここからの眺めは、まさに絶景である。

結局、食事は諦めて、明日の準備をする。
ここから頂上までは3〜5時間ぐらいで、ウルス・イシンカよりは短い。
ただ雪上歩行が長くなるので、その分注意が必要だ。

出発は深夜2時で、ウルス、イシンカよりも早い。
ガイドに聞くと、山頂に行った後ここに泊らず、ワラスに帰った方がいいと。
何故なら食料がパンだけだから・・・。

本来ならば、ピスコ登山は2泊3日の工程だ。
1泊2日は体力的に大変なので、あまりしたくないが、しょうがない。
まぁ、その時の体調によって決める事にした。

する事も無いし、食べるものも無いので、18時に寝る事にする。
昨日の夜は、やはり緊張のせいかあまり眠れなかった。
お陰ですぐに眠りに付くことができた。

どのくらい経ったのだろうか?なんだかパラパラと音がする。
ふと目を覚まし、外を見てみると、雪が降っているではないか!
おいおい・・・今は乾季だろ?

ガイド曰く「このまま降り続ければ、登頂は不可能だ」と。
しかし、朝方は大体雲が無い快晴になるので、あまり悲観的に考えるはやめた。
とりあえず、晴れますように・・・と祈りながら、再び眠りに付いた。

時計のアラーム音がして、時計を見ると深夜2時。
天気はどうだ?と思い、外に出ると、雲一つ無い快晴だった。
温かい紅茶も無く、パンを食べながら、仕度をする。

2時30分に出発し、少し歩いて、標高4,900mのモレーン・キャンプに到着。
勿論、欧米人たちも出発準備をしていて、ヘッド・ランプがゆっくりと動いている。
2つと4つと5つ、光の数がそれぞれの人数のパーティだ。

歩いていると、欧米人グループに先に登山道に入られてしまった。
ペースは遅々として進まない。
ガイドと2人で、団体の後に付いて進む。

さすが欧米人は、周囲に気を払う事は皆無で、自分たちのペースで歩く。
他人がどうなろうが知ったこっちゃない。
ガイドもイライラしてきて、広くなったガレ場から彼らを追い越していった。

1時間ぐらいして、標高5,000mの氷河の取り付け地点に到着。
ここでアイゼンとハーネスを付けて、ガイドと10mのアンザイレンで結ばれる。
このガイドは、とにかく安全第一主義で、クレパスの落ちた時の対処法などを教えてくれた。

30分ぐらいで仕度して、どこの団体よりも、いち早く出発。
まずは、ピスコとワンドイのコル(鞍部)を目指す。
約300mの登りだけど、傾斜はきつくなく、所々クレバスがあるけれど、気にはならない。

コルに出て、東に向かって歩き始め、ここは緩やかな斜面で楽だ。
途中、氷壁があるという事は聞いているが、果たして登れるだろか。
暗闇の中を歩くので、何処に氷壁があるのかわからない。

緩やかだった斜面が、徐々に傾斜を帯びてきた。
とうとう氷壁に取り付いたようで、ガイドが先に登る。
斜度は70度ぐらいだろうか、暗いので全く分からない。

右手にはピッケル、左はフリー、どう見てもアックスが必要だ。
確か去年は、友達はアックスを使って登ったと言っていた。
さすがに、三点しか支持していないのは怖い。

アイゼンの爪先を壁に突き刺して、ピンポイントで登る。
膝が弱いので、ガクガクしてしまい、やはり自分の膝はネックだ。
とりあえず、ガイドが上でロープで支持してくれているので滑落する事は無い。

30mぐらい登ったのだろうか?無事に氷壁をクリア。
下を見ると、暗闇がパックリと口を開けている気がした。
チキンマンはビクビクだ。

そして、ここからは幅も広くなり、一応安全地帯になり、緩やかな斜面をひたすら歩く。
ここもイシンカのように登っては少し下るというパターンだ。
歩いては休み、歩いては休むの繰り返し、我慢の登りが続く。

登りの時は、何故かいつもバスケットボール漫画の「スラムダンク」を思い出してしまう。

そのシーンは、「山王工業」と戦っている試合。
後半、桜木花道が背中を打ち付けて退場してしまう。
本人は、再度試合に出る事を希望する。

しかし、監督はそれは許さない。
花道は、その時に監督に言う。
「オヤジが栄光の時はいつだったのか?俺は今だ。」と。

何故、この場面を思い浮かぶのかは解らない。
自分もひたすら「頂上」という栄光を求めているのかもしれない。
そんな事をぼんやり考えながら、足を一歩一歩踏み出す。

途中からかなり強い風が出てきた。
昨日降った雪が、雪煙となって吹いてきて、それが頬に当たる。
登山の中で一番「風」が強敵だ。

そして、ベース・キャンプを出発して約4時間。
ガイドが振り返って、自分を見る。
ガイドの先にもう道は無い。

標高5,752m。
ついにピスコの頂に立った!
再びリベンジ達成だ!!

周囲を見渡すと、ピスコからの頂上の眺めは絶景の一言。
南にはペルー最高峰ワスカランが聳え、その隣にチョピカルキ。
東に目をやると、チャクララフが悠然と鎮座している。

北にはアルテソンラフ(標高6,025m)とキタラフ(標高6,035m)。
そして、その奥には、世界一綺麗な峰と言われているアルパマヨ(標高5,947m)。
西にはワンドイ、カラスの絶壁が。

勿論、写真を撮る。
オーバー・グロープでは、写真を撮りづらいので、アンダー・グローブだけで写真を撮っていた。
風が強いので、あっという間に右手が重くなった。

気温は氷点下10度。
風が強いので、体感温度はかなり下がっているはずだ。
このままでは、手は凍傷になってしまう。

すぐにオーバー・グローブを付けるが、感覚が無い。
ピッケルに手を叩きつける。
そして、手を開いたり、握ったりして、血行をよくする。

それを見て、ガイドが下山しようと言う。
下山しながら、手をピッケルに叩きつける。
こればっかりは、ガイドもどうしようもない。

頂上に立てた喜びで、少し有頂天になっていたようだ。
ここはあくまでも5,000m以上の世界。
油断は禁物だ。

ひたすら手をピッケルに叩きつけながら歩き、どんどん標高を下げる。
ようやく他のパーティが見えてきて、自分たちはかなり早かったようだ。
ガイドが早いから、それにつられて早く歩かざるをえない。

太陽が当たり、風も遮る位置に到着した。
なんとか右手は大丈夫だった。
やっと感覚が戻った。

途中の氷壁は上から見ると、本当に吸い込まれるような感じがするが、なんとかクリア。
正面にはワンドイが聳えていて、時々雪崩の音がする。
現在、ワスカランも同じように雪崩が多いらしい。

ベース・キャンプには10時45分に到着し、合計で7時間30分の山行だった。
途中、氷壁で登ってくるパーティを30分以上待っていたので、それを考えると、かなりいいペースだった。
高度順応、登山内容を考えるとこれも完璧と言えた。

ベース・キャンプから見えるピスコの南壁を見上げつつ思った。

「やった」と。

【2005年06月 旅日記】


■悲願再び!  


昨日のウルス登山は、結局往復で7時間かかった。

ウルスから帰ってきた後、足腰を丹念にマッサージした。
マッサージをするとしないでは、次の日の疲れの残り具合が全く違う。
陽が暮れて、すぐに眠りに就いた。

2時30分に起床し、今日はイシンカへの挑戦。
イシンカの標高は5,530mで、ベース・キャンプが4,300mだから約1,200mの登りになる。
時間は往復で9時間ぐらいだろうか。

右の太腿が少し筋肉痛なのが気になる。
ここ数ヶ月、運動という運動をしていないからだ。
ラグナ・チュルプに行ったからと言って、すぐに昔の体に戻ると言う事は無い。

テント内の気温は、昨日より若干低めの4度。
外にでると、冷気がひんやりと顔の肌に当たり、心地よい雰囲気だ。
天気も昨日と同様雲一つ無い快晴で、またしても無数の星が輝いている。

ガイドも昨日と同じ様にお湯を沸かし、紅茶を作ってくれる。
その間に準備をし、服装は昨日と全く同じ。
ただフリース1枚とオーバー・グローブはザッグの中へ。

3時30分出発。
昨日ウルスに行ったスペイン人は、今日は休憩のようだ。
自分達は3泊4日と強行日程なので、休む事は許されない。

まずはラグナ・イシンカの近くにある標高4,500mのハイ・キャンプを目指す。
道はジグザグのスイッチ・バッグで標高を稼ぎ、ここのトレースもきっちりとしていて迷う事は無い。
暗闇に中にトクリャラフが、薄暗く聳えているのが微かに見える。

ペースも昨日と同様ゆっくり。
ガイドは基本的には早いので、先を歩いて、自分を待っていてくれるというパターンだ。
約1時間ちょっとでハイ・キャンプに到着。

ハイ・キャンプを過ぎて、更に標高を稼ぐと、左手にラグナ・イシンカが現れた。
イシンカの雪解け水で出来た湖だが、まだ暗いので良く見えない。
またしてもスイッチ・バックの道を登る。

途中で便をもよおしてしまったが、周囲はガレガレの岩場。
ガイドに言って、待ってもらう。
気温0度の中でお尻をだすのは、ひんやりとして気持ちがいい。

ガレ場を過ぎて、再び直登となる。
少し砂礫地帯を過ぎる。
一部左側がスパッと切れ落ちた危険な箇所があったが、問題無し。

徐々に空が白みを帯びてきた。
夜明けが近いようだ。
お陰で、周囲の景色も大分はっきりと見分けられるようになってきた。

左手にはイシンカの頂上が見える。
右にはランラパルカ(標高6,162m)の北壁が聳えている。
その壁は、とてつもなく高すぎて、見上げていると首が痛くなるほどだ。

6時30分、標高5,000mに到着。
ベース・キャンプを出発して3時間で、氷河の取り付け地点に到着。
ガイドもいいペースだと言ってくれる。

朝陽が上がっているが、日陰なのと雪上にいるので、気温は氷点下8度まで下がった。
さすがに寒い。
明け方が一番寒い時間帯なので、しばし我慢。

オーバー・グローブを出し、そして、アイゼンを取り付ける。
ここから頂上が見えるが、斜度は緩やかで、危険箇所は無さそう。
山頂までは1時間ぐらいだろうと、ガイドが言う。

ゆっくりと雪面を歩く。
シールを付けたクロスカントリー・スキーの方が早く歩けそうな感じだ。
ただし、このゲレンデには終わりは無く、そのまま滑っていくと、標高差500mのラグナ・イシンカへまっさかさまだ。

登っては少し緩やかになる、というパターンを繰り返して標高を稼いでいく。
さすがに息が上がってきて、数十メートル歩いては休み、また数十メートル歩いては休むといった感じのペースになる。
肩で息をするようになってきた。

左手前にトクリャラフが聳えている。
ここから眺めるその姿は端正なピラミッド型をしており、ベース・キャンプから眺めるその姿より美しい。
そのトクリャラフに見守られながら、足を一歩前に出す。

頂上直下は雪庇になっていて、こちらに向かってハングしている。
そのため、こちら側のルートからは5mぐらいの壁を登る事になる。
頂上まで後5mなのに、その5mが遠い。

その壁の左側は、スパッと切れている。
ここからもラグナ・イシンカまで直行だ。
安全を期して、アンザイレンする事に。

ガイドが先に登り、ロープを下ろしてもらう。
ハーネスを付けて、アンザイレンする。
そして、ピッケルを使いながら、なんとか壁をクリア。

ベース・キャンプを出発して、5時間15分。
時計は8時45分を指している。
標高5,530m、イシンカの頂上に到着だ。

頂上はとても狭く、傾斜50度ぐらいの斜面で、1mぐらいの幅しかない。
一歩でも足を踏み外せば、奈落の底だ。
しかし、その頂上からの眺めは最高だった。

遥か彼方に、天を突き刺すかのようなワントサン(標高6,395m)が聳え、目の前にはランラパルカが鎮座している。
北に目をやると、昨日登頂したウルスが申し訳無さそうに聳えている。
何故なら、そのウルスの奥に聳えているコパとワスカランの存在が大きすぎるからだ。

山頂には1時間もいてしまった。
登頂者は他にスイス人が2人。
山頂が狭く、自由に動けないので、写真一枚撮るのにも一苦労だ。

10時30分に下山開始。
氷河の取り付け地点までは、傾斜は緩いのでスキーで滑りたくなった。
1時間で雪上歩行は終わり、ハーネスやアイゼンを外す。

目の前には、ランラパルカの北壁が聳えていて、時々、落石の音がこだまする。
ドキッとする瞬間だ。
ここで落石に当たったなんて、お話にならない。

そして、登ってきた道と同じ道を下る。
またしても、地獄の時間がやってきた。
登りよりも下りの方が苦手だ。

なんとか3時間半かけて、ベース・キャンプに無事に到着。
イシンカの登山も高山病などの頭痛なども無く、してやったりの内容だった。
見事、去年の悲願を再び達成する事ができた。

「何事も途中で諦めたらそれで終わり。常に想い続ければ実現する。」

日本の偉大なる登山家が言った言葉で、今、身に染みてこの言葉の重みを感じた。

翌日ワラスへ戻り、この3泊4日を振り返ってみる。
なんだかまだ夢の中にいたような気がする。
本当に登頂できたんだろうかと。

ほっぺたを抓ってみると痛い。

どうやら現実のようだ。

【2005年06月 旅日記】


■悲願達成!  


深夜2時30分。

時計のアラームが鳴ったので、温度計を見てみる。
テント内の気温は8度で、驚くほど暖かい。
当初は氷点下にはなるだろうと思っていたのに。

出発の準備をする。
靴下は2枚重ねして、スボンも2枚、上着は長袖のTシャツにフリース2枚、そして、アウター・ジャケット。
手袋は薄手とオーバーグローブの2枚重ね、耳にはイヤーバンドをあて、防寒対策はバッチリだ。

そして、忘れてならないのがヘッドライト。
ブーツを履き、ゲイター(ブーツカバー)を取り付ける。
ハーネス、アイゼンはザッグの中へ。

テントの外はさすがに冷え、氷点下0度。
ガイドがお湯を沸かして、紅茶を入れてくれた。
暖かい紅茶が、身体に沁みこむ。

パンをかじりながら上空を見上げる。
そこは、天然のプラネタリウムで、雲ひとつ無い快晴。
天の川がクッキリと見える。

3時30分に出発。
まずは、ガレ場を歩くが、すぐに直登が始まる。
トレースはしっかりとあって迷う事は無い。

数分後、かなり暑くなった。
フリースを1枚脱ぎ、オーバー・グローブも取り外す。
これですごしやすくなった。

ガイドもいいペースでゆっくりと歩いてくれる。
ペルーのガイドは、とにかく早く歩こうとするので自分のペースと合わない。
しかし、このガイドはいいペースで、ひたすら高みを目指す。

1時間で300mのアップと良いペースだ。
止まって休むが、止まるとさすがに冷えてくる。
運よく風が無かったので、それほど寒くは感じなかった。

スペイン人は遥か上にいるようで、ヘッド・ランプが2つ、暗闇の中を動いている。
見下ろすと数個のヘッド・ランプが忙しそうに動いている。
他のパーティも準備を始めたのだろう。

さすがに乾燥している為、喉がすぐに乾く。
冷たい水はあまり胃にはよくないが、そのまま飲む。
冷たい水が食道を通り、胃に達するのがわかる。

再び登り始めるが、肩で息をするような事も無い。
高度順応はバッチリのようだ。
途中、休んでいたスペイン人達を追い越す。

出発してから2時間ぐらい経ち、標高4,800mぐらいからモレーン(氷河の末端)が現れる。
背丈ぐらいある岩がゴロゴロしていて、これがまた歩きにくい。
幾つかの岩場を越えていくが、さすがに息が切れ始めた。

空を見上げると辺りは徐々に白み始めた。
夜明け前が一番、気温が下がる。
ここを乗り越えれば、太陽が出てくるので暖かくなる。

ちょうど4,900m地点で氷河の取り付け地点に到着した。
目の前には斜度50度ぐらいの雪面があって、下から見上げると本当にこんな所、登れるのかと思うほどだ。
アイゼン、ハーネスを取り付け、ガイドとは5mのアンザイレンで結ばれる。

雪面を登り始めたら、太陽が顔を出した。
西側を登っているので、陽に当たるのはもう少し時間がかかりそうだ。
ガイドが先に歩き、自分も後に続くが、思ったほど傾斜は無さそうだ。

しかし、気を抜いて足を滑らせれば、数十メートル下の岩壁に叩き付けられる。
死は免れないので、一歩一歩慎重に歩く。
高所恐怖症の自分としては、一番嫌な部分だ。

5,000m地点で傾斜が緩やかになり、ホッとする瞬間だ。
日向に出たので暖かくなり、再び斜面になる。
傾斜は緩いので、特に問題は無い。

斜面を越えたらコル(鞍部)に出た。
その向こう側に広がる景色が目の前に飛び込んできた。
すごい!思わず、ヒューッと口笛を吹いてしまった。

正面にはコパ(標高6,188m)、その奥にはワスカラン(標高6,768m)が連なっている。
美しい、美しすぎる。
その美しさで、声にはならない。

しかし、まだ山頂ではない。
気を引き締めて歩き続ける。
5,200m地点に到着し、ガイドがアイゼンは必要ないという。

山頂を見上げると、一部雪はあるものの、殆どが岩盤が露出している。
アイゼンを外して、岩陰にデポし、今度は岩歩き。
一枚岩なので、一部滑る場所があるけれど、特に問題は無い。

それから数十分、時にして7時45分。
ベース・キャンプを出発して、休憩も含めて4時間15分、ついに標高5,420m、ウルスの山頂に到着した。
コルディエラ・ブランカの中では、簡単な部類になるけれど、去年の事を考えると、本当に嬉しかった。

ガイドも喜んでくれて、握手して喜びを伝える。
ガイドと一緒に日本の旗を持って、写真を撮る。
周囲は本当に絶景だ。

南にはイシンカ(標高5,530m)とランラパルカ(標高6,162m)が聳えている。
東にはトクリャラフ(標高6,034m)が朝陽を浴びている。
そして北にはコパとワスカラン、その隣にはアキルポが。

しばらくして、2人のスペイン人がやってきた。
彼等と話すと、どうやらこの山は高度順応の為にやってきたに過ぎないようだ。
山頂には30分ぐらい居て、景色を満喫し、8時15分に下山開始。

岩場を慎重にクリアして、再びアイゼンを取り付ける。
登る時に急な斜面に見えた雪面も今は大丈夫だ。
アイゼンの踵部分をきかせてゆっくりと歩く。

そして、4,900m地点でアイゼン、ハーネスを外す。
気温は20度近くに上がっている。
暑いのでフリース1枚で十分だ。

下山が嫌いな自分にとっては、早くベース・キャンプについて欲しい。
つま先が痛み始め、どうやら靴が合わないようだ。
山頂から3時間で、無事にベース・キャンプに到着した。

高山病の頭痛も全くなく、息苦しくなるような事は無く、今考えると完璧な登山だった。
ウルスを見上げながら、本当に登れたんだ・・・と改めて喜びを感じた。
しかし、これで満足してはならない。

次のイシンカを制覇してこそ、本当に悲願達成と言えるのだ。

【2005年06月 旅日記】


■いよいよ  


去年の8月、ワラスでA型肝炎に倒れた。
それにも関わらずウルス、イシンカの両山に挑戦した。
しかし、結果は見事に惨敗。

ともに頂上は踏む事もなく終わった。
惨めだった、情けなかった、あの思いをもう二度としたくなかった。
必ずまた戻ってくると心に誓い、ワラスを後にした。

2005年6月11日。
あれから約10ヶ月の月日が流れた。
そして、今、再挑戦の日がやってきた。

ラグナ・チュルプ、パストルリで高度順応もした。
体調管理は十分注意を払い、やるべき事はやった。
挑戦へのチケットを手にした。

去年と同じスケジュールの3泊4日で、ウルス、イシンカの両山を落とす。
7時30分、ガイドと一緒にタクシーでワラスを後にする。
約1時間で標高3,600mのパシュパという小さな村に到着。

ここで荷物を運ぶブーロを雇う。
ベース・キャンプまでの荷揚げはこのブーロがやってくれる。
アンデスでの登山では、このブーロが大いに役に立つ。

パシュパに到着して、ガイドがブーロを雇いに行く。
待っている間にたくさんの登山者がやってくる。
見ていると、すべてが欧米人で、日本人はいない。

9時にパシュパを出発。
荷物はブーロが運んでくれるので、カメラや携帯食だけなので身軽だ。
ここからベース・キャンプまでは約4,5時間のトレッキングで、かなり緩やかに標高をあげていく。

歩きがら、全てが懐かしく感じた。

去年ここを歩いている時に、急にモヨオシてきて駆け込んだ草むらも変わってはいない。
荷物も何も持っていなかったのに、平坦な道にも関わらず、歩くのが辛かった。
しかし、今年は軽快で、体調は至って完璧だ。

約3時間半かけてベース・キャンプに到着。
標高4,300mだけど、高山病などの症状は全くない。
去年はこの工程を5時間もかけている。

目の前にはトクリャラフ(標高6,034m)が聳えている。
去年と同様、白く光り輝いていて、とても美しい。
その形は綺麗なピラミッド型をしていて、見ていて飽きる事はない。

このベース・キャンプも懐かしい。
去年来たのは8月末で、シーズンはもう終わりに入っていて、他の登山者は皆無だった。
しかし、今年はハイ・シーズンという事もあって、テントが50張近くもある。

ガイドと一緒にテントを張り、ゆっくりする。
明日はまずウルス(標高5,420m)へのアタックする。
「大丈夫か?」「本当に登れるのか?」「体調は?」さまざまな疑問が頭の中をよぎる。

去年は一応、肝炎の体をおしながら、標高4,900m地点まで登った。
体調が悪いながらも標高600mを登る事が出来た。
そう考えると「大丈夫だ、いける」と思う。

しかし、油断は禁物だ。
荷物をチェックする。
装備にぬかりはない、体調も万全だ。

夕飯を食べている時、日が沈み始めた。
トクリャラフが夕陽に赤く染まっていく。
去年はテントの中で寝込みながら赤く染まるトクリャラフを眺めていた。

「今年こそ」

そう誓い、寝袋に包まった。

【2005年06月 旅日記】



■Easy Climbing !!  


ワラスに滞在して約2週間。

体調も幾分か復活してきた。
以前のラグナ・チュルプのトレッキングで高度順応がうまくいかなかった。
再度、高度順応するためにコルディエラ・ブランカ山群の中でも一番簡単なパストルリに登る事にした。

パストルリは標高5,240mもあるけれど、歩き始める地点が既に5,000mもある。
基本的には雪山だけど、傾斜も緩いからアイゼンなど必要ないので、氷河トレッキング感覚で登れる。
だから地元の人や欧米人の観光客が多く、高度順応にはもってこいの場所だ。

朝8時に起きて準備をする。
コルディエラ・ブランカは、6月から8月まではベストシーズンで晴れる日が多い。
しかし、最近は何故か午後から雲が出てきて、異常気象なのだろうか?

20人乗りの観光バスは、10時に出発。
欧米人も数人ほどで、ペルー人がほとんどだ。
日本人はもっての外で、居るわけが無い。

ペルーにこんないいバスがあるんだと思うほど綺麗で快適だ。
一応、フロントには「メルセデス・ベンツ」のマークが貼ってある。
コピー天国の南米では、車のエンブレムも信用はできない。

10時40分ぐらいにレストランで休憩。
「もう休憩なの?」と思ぐらに早すぎる。
朝飯を食べてきてないのでチャーハンを食べる。

食べ終わって、30分ぐらいが経過した。
普通なら30分ぐらいですぐに出発する。
しかし、11時30分になっても出発する気配は無いので、ガイドに聞くと「人を待っているから」と言う。

それから12時近くなってやっと出発した。
バスは、なんとワラス方面に向かって走り始めた。
驚いたのも束の間、バスが止まり、ペルー人親子が5人ほど乗り込んできた。

さすがは南米、ラテンタイムで、時間を守ることはまず無い。
やっとこパストルリに向かえると思った。
それから幾つかの観光スポットを周って、バスの駐車場についた。

ここの標高は約4,800m。
バスで一気に来てしまったけど、頭痛などの高山病は無い。
現在13時30分で、16時ちょうどにパストルリの頂上まで行って戻ってこなければならない。

バスから降りて氷河の取付地点まで馬を使う。
馬に乗るのは海外では初めてで、これがなかなか面白い。
15分で氷河の取付に到着。

アイゼン、ピッケルの用意をする。
周囲を見ると普通の靴で登っている。
傾斜もきつくないし、そんなモノなんだろう。

歩き始めてすぐにアイゼンが外れてしまった。
一応チェックしたのに何故?
結局、自分もアイゼン無しで登る。

30分ぐらい登っただろうか?一本の旗が立っている。
ここが頂上?と思うほど、頂上らしくない。
何故なら、すぐ横にここよりも高い岩がそびえているからだ。

遥か右手を見てみると氷河が更に続いている。
どうみてもあの先が頂上だ。
200mの標高差を30分で登れるわけが無い。

しばらくして、同じバスのガイドがやってきた。
ガイドも普通の靴で登っている。
ここが頂上?と聞くと、そうだよと言う。

うーむ、もうこの際、頂上はどこでもいい。
ここにやってきた目的はあくまでも高度順応だ。
ここで頭痛などが無ければ大丈夫だろう。

そして下山し、あっという間に氷河の取付に。
他の人達はビニール袋をお尻に敷いて、「お尻スキー」を楽しんでいる。
さすがは観光地。

高度順応もうまくいった。
いよいよ、去年A型肝炎に罹って登れなかったウルス、イシンカへの挑戦キップを手に入れた。
さてこの両山を落とす事ができるのだろうか?

【2005年06月 旅日記】


■交換  


まだワラスから。

使っていた靴が、かなりへたっていたので、新しい靴を買った。
今まで使っていたのはサロモン社の「マッハ8」。
自転車に乗ってもいいし、トレッキングするにも良い感じ。

素材はゴアテックスで防水も完璧。
しかし、現状は踵部分が破けてしまい、雨が降るとそこから水が進入してかなり不快だった。
3年も履いているのでしょうがないと言えばしょうがない。

出国前に買った値段は確か20,000円。
日割りすれば一日18円計算で、よくぞ今まで持ってくれました。
感謝感謝。

そろそろ交換時期かなぁと思っていた。
しかし、ここは南米なので、同じものが手に入るとは限らない。
やっぱり長期の旅するにはゴアテックスが良いが、ペルーの首都リマで探したけどゴアテックスは無い。

候補に挙がっていたのがメレル。
メレルもサロモン同様、最近はトレッキング・シューズなどにも力を入れており、おもしろい会社だ。
値段は12,000円。

一応、まだリマでは買わずにワラスにやってきた。
ここは登山する人が多いので、アウトドア・ギアを売っている店もある。
ただ日本のように種類は豊富ではないけれど。

靴屋を回ってみると、やはりサロモンは無い。
メレルで良いのがあっても、サイズがかなりでかい。
もう完全に諦めていて、たまたま裏路地を歩いている時に靴屋を見つけた。

一応見てみようと思い店内に入ると、なんとサロモンがあった!
「アドベンチャー・トレック7」と言う製品名でなんともものものしい名前だ。
サイズは27cmで、素材はゴアテックスで申し分ない。

値段は高いんだろうなあと思い、店員に尋ねてみた。
その答えは、なんと驚きの130ドル!
日本だったら20,000円はするのに。

基本的にはトレッキングメインの様だけど、自転車にも大丈夫だろう。
初期投資はかかるけれど、この先ずーっと使う事を考えれば買う価値は多いにある。
そんな事も考えて、早速購入。

今まで頑張ってくれたマッハ8に「お疲れ様、そして、ありがとう」と感謝の言葉をかけた。
そして「これから新たに一緒に苦楽を共にしよう」と、トレック7にも言葉をかけた。
新たな相棒が誕生した。

【2005年06 旅日記】